栄養学雑誌
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総説
胎児期の低栄養と成人病(生活習慣病)の発症
福岡 秀興
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2010 年 68 巻 1 号 p. 3-7

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抄録

日本では生活習慣病(成人病)が著しく増加している。成人病(生活習慣病)は遺伝素因〈遺伝子多型〉と生活習慣の相互作用により生ずるといわれているが,特殊な遺伝子多型に由来する成人病はあってもこの考え方ですべての発症は説明出来ない。ここに第3の発症説として「受精時,胎芽期,胎児期または乳幼児期に,低栄養又は過栄養の環境に暴露されると,成人病の(遺伝)素因が形成され,その後の生活習慣の負荷により成人病が発症する。」という「成人病胎児期発症(起源)説 FOAD:Fetal Origins of Adult Disease」が注目されており,疫学的にこの説はほぼ正しいと認められるに至っている。その分子機序には3つあり,ひとつは低栄養で生ずる腎臓ネフロンや膵臓β細胞の減少等の解剖学的変化である。ついで低栄養・過量栄養環境に対応して生ずる代謝系の変化即ち遺伝子発現制御系(クロマチン構造変化)の変化がある。この変化は出生後も持続し,胎内と出生後環境のギャップに適応できず,やがて疾病を発症する。
日本で出生体重はこの 20年間に男女共に 200g以上減少し,1980年代以降に,低出生体重児頻度(%)は増加し続け,2007年は9.70%にまで達している。エネルギーや葉酸等を十分摂取している妊婦むしろ少なく,全般的に栄養は不足している。ホモシステイン高値例も多い。胎生期のエピジェネティク変化で生ずる永続的な変化を起こす上で重要なのは,DNAメチル化度の変化である。それにはメチル基の代謝回転(one carbonmetabolism)が大きく影響する。この代謝系には葉酸,ビタミンB12,ビタミンB6,亜鉛,一部アミノ酸等が関与している。二分脊椎症の多発傾向に見るごとく葉酸の不足した妊婦が多い事も想像され,胎児の遺伝子発現系の望ましくない変化が生じている可能性がある。妊婦栄養を今こそ見直す必要がある。妊娠前の栄養,妊娠中の栄養管理,授乳期の母乳哺育指導等が重要であり,疾病・健康・寿命がこの時期の栄養環境で決る事が理解され,次世代の健康を確保する重要な考え方として広まる事が期待される。
(オンラインのみ掲載)

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© 2010 特定非営利活動法人 日本栄養改善学会
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